2013年 01月 28日
千葉県の大多喜町。 さっき通った海の蒼さが嘘のようにあたりは喉かな冬の色をしている。 焙煎香房 抱(HUG)の引き戸を開けるとき、思わず「ただいま」と言うお客さんがいるはずだ。そして帰るときは「いってきます」かもしれない。 私も、あともう少しぼんやりしていたら、初対面の水野さんに対して、「ただいま」と声を掛けていただろう。 この場所を目指さなければ、決して気づかれない場所に、抱(HUG)はある。ということは、やっぱり「ただいま」くらい言っても平気だろうか。皆、抱(HUG)に、そして水野さんに会いたくってここに集う。 ところが、単に「親しみのある喫茶店」というわけではない。 カウンターに並ぶ艶やかな黒い豆たちが、そんな気軽さをたしなめる。深く煎られた豆は、無言の圧力。 こちらのコーヒーは、すべて手回しロースターで、オーナーの水野さんによって焼き上げられる。 マヤビニックコーヒーも、抱(HUG)の手回しロースターの中で、揺らされているのだ。 まず何を頼もうか。 水野さんの好みが知りたくなって、滅多に頼まない「ブレンド」をお願いした。 カウンター越しの水野さんは、まるで親戚のお兄さんのようだ。 初対面の私を、親しみいっぱいに迎えてくれる。 そのやさしい佇まいに甘え、私はずっと前から気になっていたことを聞いた。 水野さんは、大多喜町とどういうつながりがあるのですか。 東京生まれ、東京育ち。 でも、東京はもういいかな、というタイミングとお子さんが学校にあがるタイミングが重なり、千葉県に移住を決意。 移住先を探すのに一年ほどの時間を要したが、今の場所を案内されたときに、直感的に「ここだ」と思ったそうだ。 「そこの曲がり角を曲がった瞬間」だという。 特にお店を探していたわけではなく、住居としての場所探しだったようだ。それにしては、このはなれの喫茶は出来すぎている。 ブレンドコーヒーは、丁寧にハンドドリップされると、そば猪口で出てくる。 なぜそば猪口かと言えば、温度がわかるから、だそう。たしかにハンドルを持ってカップを口に運ぶと、思いがけずに熱くってびっくりするときがある。 手で温度を感じてもらえば、熱くてびっくりすることもないから。 と水野さんは言う。 確かに、この場所で洋食器は絶対に似合わないと思うけれど、そば猪口ははまりすぎだ。 そば猪口を口に当てると、香りが幾重にも重なって鼻腔に届く。 あああああ、美味い。 舌には、最後に甘みだけがほんのりと残る。 正直言って、私は深煎りよりは浅煎りで、すっきりとしたコーヒーが好きだ。さらっと飲めて、香りと酸味に謎がいっぱい詰まったようなコーヒーに心躍る。 だけど、この前のねじまき雲さんだったり、今回の抱(HUG)さんは、私の深煎りのイメージを思いっきり前向きにしてくれる。 深煎りの時の方が、甘みが強調されるのか、それともたまたまそういうコーヒーだったのかわからないけど、コーヒーの液体に隠れている甘みをひとつひとつ確認していくと、次から次へと出てくる。 チョコレート、おまえだったのか。 なんだ、メープルシロップもいたのか。 ダークチェリーもあんなところで隠れていやがるよ。 最後に、恐る恐る水野さんにお願いごとをした。 「深煎りのマヤビニックを、今度の静岡の催事のために煎ってください」 私の中で、勝手に定着している物語。深煎りの騎士(ナイト)、水野さん。水野さんが焼いた深煎りのマヤビニックは、きっとお客さんに新しい「甘さ」を感じてもらえる。そういう期待があった。 水野さんは快く引き受けてくださり、私の企画は現実味を帯びてきた。 2月の催事では、マヤビニックをローストする「人」に焦点をあてようと思う。 その中に、水野さんがいてほしいと私は思っていたのだ。 水野さんの場合、生活の中に仕事がある。 多くの人にとって、仕事が生活になりかねない。 生きるってなんだろう。 幸せってなんだろう。 ゆっくりと流れる時間と、「ごちそうさま」と言って笑顔で帰っていくお客さんを見ながら、何度も何度もそんな風に思った。 水野さんがとても自然体に見えたから。 だからこそ、水野さんのコーヒーは美味しいのかな。 沸騰したポットから立つ湯気と店内に流れる空気を振り払わなければ、ずっとここにいてしまいそうだ。 では、そろそろ、いってきます。 私は、再び、アクアラインを突っ切って「元の世界」に戻る。でも、本当は両者に境界線なんてなくって、誰もが自分の歩みたい道を歩むことができるのだ。 ◆焙煎香房 抱(HUG) http://chiba-ken.jp/hug/ ◆Maya Vinic Coffee www.mvcoffee.net
by ftp-maya
| 2013-01-28 23:12
| ロースターさん
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